創薬や新素材設計、科学研究のための分子動力学シミュレーション業界をリードするDP Technologyが、受賞歴のあるシミュレーションプラットフォームとソフトウェアがGraphcore IPUで利用可能になったと発表しました。
分子動力学は、創薬から材料設計まで幅広いイノベーションを支える科学であり、HPCとAIを融合した用途にGraphcoreのインテリジェンスプロセッシングユニットが活用される最も新しい分野です。
DP Technologyは、従来のアプローチに比べて高精度かつ劇的な速さで分子動力学をシミュレーションできる画期的なオープンソースシステムのDeePMD-kitを、Graphcore IPUとPoplar SDK向けにカスタマイズすることに成功しました。
これによって、AIが分子動力学分野に変革をもたらそうとしているちょうどその時に、この分野に新たな計算能力がもたらされることになります。
一方、GraphcoreとDP Technologyは、分子動力学分野におけるIPUの応用拡大に向けて共同で取り組むことを約束しています。
「私たちが、GraphcoreのIPUハードウェアとそれに対応するPoplar SDK環境が、分子動力学のシミュレーションに非常に適していることを証明できました。今回成功したIPUへの移行は、ほんの始まりに過ぎません」と語るのは、DP Technologyでチーフサイエンティストを務めるZhang Linfeng氏。
「IPUとPoplarのアーキテクチャに基づいたものにせよ、DeePMD-kitの方法論のアルゴリズムに基づいたものにせよ、IPUは明確な優位性を示しており、まだまだ研究の余地も残されています」
「私たちは、オープンソースコミュニティのDeepModelingがいっそう発展するように、ハードウェアとソフトウェアのアルゴリズムや適応、コラボレーションについてGraphcoreと引き続き密接に連携していきます」
密接な統合
Graphcore IPUのシステムがDP Technologyのチームによって選ばれた理由には、IPUのきめの細かい超並列MIMDアーキテクチャが分子動力学シミュレーションのワークロードに特に適していることと、GraphcoreのPoplar SDKが成熟していて使いやすいことがあります。
DP Technologyのアルゴリズム研究者であるLu Denghui氏は、IPUへの切り替えは容易であったとしたうえで、次のように語ります。「私たちはDeePMD-kitのIPUへの移行を実現するうえで、Graphcoreと共同でフレームワークやアルゴリズムを最適化しました」
「移行プロセス全体が大成功であったと言えます。IPUのハードウェア上でDeePMDのすべての機能が正常に動作し、性能の向上も確認できています」
「DeePMD-kitのアルゴリズムタスクをGPUからIPUに移行することは、エンジニアがプログラミングをC++からPythonに乗り換えるようなものです。そのプロセスは実に見事でした」
エネルギーのダイナミクス
分子動力学の目的は、原子や分子の動きや相互作用をシミュレーションして理解することであり、物理学や化学、生物学、材料科学など、科学のほぼすべての分野で応用されています。
分子動力学で主に行うことは、原子系と分子系のポテンシャルエネルギー曲面(PES)を表すことです。化学反応などにおいて、原子や原子の集まりがどのような反応を示すのかは、PESの性質に左右されます。
ポテンシャルエネルギー関数を構築する方法は主に2つありますが、従来の分子動力学は長年にわたり、その方法に関わる課題に直面してきました。ある方法は高速であるが正確ではなく、別の方法は正確であるが高速ではなかったのです。
経験ポテンシャルは、ほとんどの場合は実験データから導き出される数学的関数を用いて、原子の相対位置とその他多くの変数に基づいて原子系のポテンシャルエネルギーを表現します。この方法は、比較的大きな原子系のモデル化には使用できますが、精度や移植性などいくつかの制約があります。
量子力学モデリングでは、実験データがなくても量子論に基づいて原子の挙動を予測することで、材料特性を予測できます。この方法は、より高い精度が期待できる反面、計算的に負荷が高く、一般的に経験的ポテンシャルよりも小さな系の表現に制限されます。
DP TechnologyとそのオープンソースであるDeePMD-kitは、いずれも同社の創業者がプリンストン大学在学中に行った研究が始まりです。その研究は、「Deep Potential: a general representation of many-body potential energy surface(ディープポテンシャル:多体ポテンシャルエネルギー曲面の全体像)」で詳しく紹介されています。
DP TechnologyとDeePMD-kitは、PESのモデリングに深層ニューラルネットワークを適用するという、全く新しいアプローチをとっています。その結果、「量子力学モデルに匹敵する精度と、経験的ポテンシャルに匹敵する計算コストで」分子シミュレーションを実行できる、実質的に両方のいいとこ取りをしたソリューションが誕生したのです。
DeePMD-kitは2020年、ハイパフォーマンスコンピューティングにおける優れた業績に贈られるゴードン・ベル賞を受けました。
水をテストする
IPU用のDeePMD-kitはオープンソースで、GitHubで公開されています。また、研究者の取り組みを後押しできるように、TensorFlowを用いた簡単な水分子シミュレーションの応用例など、 DeePMD-kit IPUの実装について技術的に深く掘り下げた研究 も公開しています。
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